私がつくりたい場所。

先日、ねもころに通ってくださっている方が、
ひとつ前のブログ『今、ここにいる』を読んで
感想を伝えてくださいました。

.
「お父さんが亡くなられてから、いろいろと考えて
 いた時間。心の中で、何か腑に落ちることがあって
 良かったです」
そんなメールが届きました。

「私は自分がどこに向かっているかなんて、
 考えたことがない」
という彼女自身も昨年、義理のお父さまを亡くされ、
少し心が落ち着いた頃に、ねもころと出会い、
今、こうして植物を通して楽しい時間を
過ごせていること。そして、その出会いに
「不思議なご縁や流れ、つながりを感じています」
という言葉をくださいました。

.
どこかを目指して歩いていたわけではない。

けれど、大切な人との別れがあり、
その後に植物との出会いがあり、
人との出会いがあり、
今、心地よいと思える時間がある。

後から振り返ったときに、
ひとつひとつの出来事や出会いが
不思議と今につながっているように感じる、と。

.
彼女もまた、ご自身の身近な出来事や
ねもころとの出会いに想いを重ねながら、
書いてくださったのだと思います。

そして、私の中で何かが腑に落ちたことを
「よかった」と受け取ってくださり、
その気持ちをこうして届けてくださったことが、
とても嬉しかったです。

.
また、彼女は
私が父との別れをきっかけに、これまでを振り返り、
そこから  ‘自分の大切にしたいものに気づいて
いった
こと’ にも心を寄せてくれていました。

「私はどこへ向かっているのか、なんて
考えたことがないです。
それが良いとか悪いとかではないけれど、
そんなふうに立ち止まって、考えて、
何かはっと気づいた、と聞くとすごいなと思います」
とも書いてありました。  

.
それで、改めて
前回のブログを読み返してみました。


私の中で、腑に落ちたこと…

そこには、
‘’ひとつひとつ別々に見えていたことが
自分の中で一本につながったこと‘’ 
とは書いていましたが、

では、
「いったい何がつながったのか」
「その先に、どんな場所をつくりたいのか」
「なぜ私は、その場所をこんなにもつくりたいのか」

その中身までは、
まだ十分に言葉にしていませんでした。

本当は今、ホームページを書き直しながら、
その想いを少しずつ言葉にしているところです。

まだもう少し時間がかかりそうなので、
彼女からいただいた言葉をきっかけに
ここで一度、書いてみようと思います。

.

私の中で、一本につながったこと

何度も立ち止まって考えなくても、
自分の感覚に素直に歩きながら、
気づけば自分らしい場所に
たどり着いている人もいるでしょう。

私はどうやら、
そんなに軽やかには進めないタイプ
だったようです。笑

考えて、やってみて、迷って、また考える。
自分自身で経験して、納得して、ようやく次へ進む。
ずいぶん遠回りしてきたようにも思います。

けれど、うまくいったことも
思うようにいかなかったことも
その時々で考え、試し、積み重ねてきたことは、
今ではすべて私の大切な財産です。

.
私はこれまで教室を続けていく中で、
「どこへ向かいたいのか」
「なぜ、そこを目指すのか」
その時々で自分なりに答えを出しながら、
歩いてきました。

決して、思い描いたように
進んできたわけではありません。

自分の中のこだわりに立ち止まったり、
なかなか一歩を踏み出せなかったり。

やってみては迷い、
また考え直すこともたくさんありました。

それでも、そんな自分なりの歩み方で、
十数年、教室を続けてくることができました。

今は、それもひとつの
私が歩いてきた道だったと思っています。

.
そして、経験や時間を重ね、
暮らしも自分自身も変わっていく中で、
いつの間にか、目指したい場所も変わっていました。

今の自分でもう一度問い直してみると、

これまでよりも、
もっと自分の根っこに近いところへ
たどり着いたような気がしています。


私の中で、何か腑に落ちたこと。

それは、
幼い頃からこれまでの
出来事や経験してきたこと。
人との出会いや別れ。
仕事を通して学んできたこと。
そして、植物とともに重ねてきた時間。

一見、別々に見えていたことが、
その先にある

「私がつくりたい場所」へと、
一本につながったことでした。

私は、こんな場所がつくりたい

その想いは、
「ハーブ教室ねもころ暮らし」から
「ねもころ暮らしの舎」へと変わる
1、2年ほど前からずっと心の中にありました。

「そのためには、どんなふうに進めたらいいのだろう」

まとまった時間がなかなか取れず、
少し考えてはまた日常に戻る、の繰り返し。

なかなか形にはならず、
進みはゆっくりでした。

それでも、この場所のことを考える時間は、
私にとってわくわくする楽しい時間でした。

「こんなことができたらいいな」
「こんな場所になったらいいな」

考え始めると、やりたいことが
次々と浮かんできました。

けれど、
どうして私は、こんなにも
この場所をつくりたいんだろう

そこまで深く、
自分に問いかけたことはありませんでした。

.
その理由に向き合うきっかけになったのが、
父との別れでした。

父を見送って、
自分に残されている時間も
決して無限ではないことを、
これまで以上に感じるようになりました。

だったら、
これからの時間を後悔なく生きたい。

誰かの答えではなく、
自分が本当に大切だと思うことを
大切にして生きたい。

そう思ったことが、
「私は本当は、何を大切にして生きたいんだろう」
と、自分自身に問いかけるきっかけになりました。

.
そして、これまでを振り返っていく中で、
今まで大切にしてきた想いの、

もっと根っこのところが見えてきました。

.
私がつくりたいのは、

そこにいるひとりひとりが、
自分の気持ちや感覚を大切にできる場所

この想いは、以前から私の中にあったものです。

けれど、
なぜ私はそれをこんなにも大切にしたいのか。

そこまで深く自分に問いかけたのは、
今回が初めてだったように思います。

.
振り返ってみると、
私は小さい頃から、

社会やまわりの
「こうあるべき」「こうした方がいい」というものを
素直に受け取ってきたように思います。

本当はどうしたいのか。
何が好きで、何が心地よくて、
何を大切にしたいのか。
自分の中にはちゃんと感覚があるのに、それよりも
求められることや周りの声を受け取ってしまう。

そして大人になってからも、形を変えながら、
同じようなことを繰り返していたのかもしれません。

.
だから私は、
「こうあるべき」の中で生きるのではなく、

誰かと比べたり、
評価されたりするのでもなく、

.
自分が感じたことを大切にし、
「私はこれでいい」と思える。

違うと感じたときには、
自分の気持ちをごまかさなくてもいい。

.
そんな場所を、
ずっと求めていたのだと思います。

.
でも、振り返ってみれば
私はいつの間にか、家族との暮らしの中で、

植物を育て、季節を重ねる日々の中で、
自分が求めていたものを
少しずつ育んできたのかもしれません。

完璧ではなくても、
迷ったり失敗したりしながら、

自分が心地よいと思うこと
大切にしたいと思うことを
暮らしの中でひとつずつ形にしてきました。

そして、その時間から
私自身がたくさんのものを受け取ってきました。

.
だから私は、
「植物といると心地よかったんだ!」

だから、
「植物を育てる時間を人に伝えたかったんだ!」

そして、

植物のある暮らしから
私自身が受け取ってきたものを、
今度は誰かと分かち合っていきたい。

.
ハーブの知識や使い方はもちろん、
植物を育て、暮らしに生かす中で感じる
楽しさや喜び、その時間そのものも。


「ああ、だから私はこんなにも
 この場所をつくりたかったんだ!!」

.
ようやく、その理由が自分の中でつながりました。

植物が教えてくれていたこと

植物を育てていると、
思い通りにならないことがたくさんあります。

同じように育てても、育ち方はそれぞれ違う。
急かすこともできない。

時には手をかけ、時には何もせず、
その植物自身が育っていくのを待つ。

うまく育たないこともあるし、
思いがけず元気に育ってくれることもある。


私自身も同じです。

今も迷うし、失敗もする。
やってみて初めて気づくこともたくさんあります。

そしてこれからも、
学びながら歩いていくのだと思います。

.
だから、ねもころも

「上手にできること」を求める場所ではなく、
すべてが用意されたものを受け取るだけでもなく、

一緒にやってみて、感じて、
それぞれの暮らしの中でまたやってみる。

そして、季節を繰り返しながら、
また気づいたり、学んだりしていく。

.
そんな場所でありたいと思っています。
それが 「暮らし」だから。

.
ハーブのことをたくさん知っていなくてもいい。

植物を育てるのが得意でなくてもいい。

「ちょっとやってみたい」
「なんだか楽しそう」

そんな気持ちから、植物に触れてみる。

そして、それぞれが感じたことや、
「やってみたい」と思った気持ちを大切にしながら
自分の暮らしへ持ち帰っていく。

.

私がつくりたいのは、

植物を通して
それぞれが自分の感覚を大切にし、
自分らしくいられる場所

そんな場所を、これから少しずつ
育てていきたいと思っています。

.
それが
「ねもころ暮らしの舎」です☺🌿

 

ブログ

前の記事

今、ここにいる。