今、ここにいる。

お盆、いかがお過ごしですか。

私は、家族揃ってお墓参りをした後、
実家でゆっくりと過ごしてきました。

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今日は、ここ数ヶ月の私のことを
少し書いてみようと思います。

今年の5月、父を見送りました。

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父が亡くなる10日ほど前、
一冊の本との出会いがありました。

そこに書かれていたことが、不思議なくらい
そのときの私が求めていたものと重なり、
すっと心に入ってきました。

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「死」とは、
身体に宿っていた魂が、その役目を終えて
またもといた場所へ還っていくこと。

そこは、怖いところでも、失う場所でもなく、
肉体を離れ、感情や痛み、
さまざまな制限から解き放たれて、
もっと大きな命の流れの中にある
大きな安心に包まれる場所なのかもしれない。

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そう思えるようになったことで、
「死」への恐れや
父を失うことへの悲しみが
少しずつ和らいでいきました。

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その時が来たら、
父は、父がもといた場所へ還っていく。

ならば今、
あとどれくらいの時間があるのかは
わからないけれど、

残された時間をできるだけ穏やかに、
少しでも父らしく過ごせたらいいな。

そのために、
私自身も無理をしすぎることなく、
これから先の関わり方を
考えていかなければいけないな。

そんなことを考えていました。

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まだ時間はあると思っていました。
もう少し一緒にいられる。
もう少し話ができる。

そんなふうに思っていました。

けれど、その時は
思っていたよりも早く訪れました。

父は、その10日後に旅立ちました。


帰省中の娘(孫)にも会え、
家族全員が見守る中で
静かに息をひきとりました。

父らしい、とてもスマートな最期でした。

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父がいない日常に、実感がわきませんでした。
母はなんとか前向きになってきて、
今までの頻度で行く必要がなくなり、
ほっとした気持ちと、
「もう会えないんだ。」

そう思うたびに、こみあげるものがあります。

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晩年の父に
足湯をして、トリートメントをする時間は、
私にとってかけがえのない時間になりました。

あの時間があったから、
「もっとこうしておけばよかった」という思いは、
不思議とありません。

ただ、
会いたいなと思うだけです。

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昭和の父は、仕事一辺倒でしたし、
どちらかというと、
あまり褒めるタイプではありませんでした。

けれど退職して、
孫が生まれた頃からは
いろいろな行事やイベントごとのたびに
皆で集う時間が多くあり、

「こんなに料理が上手だった?」「おいしいな」
と、私の手料理を褒めてくれるようになりました。

娘たちのことも本当にかわいがってくれて、
いつも成長を一緒に喜んでくれました。

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そんな父が旅立ったあと、
思いがけないものが見つかりました。

それは、私が父に宛てて書いた手紙でした。

きれいな状態のまま、
しかも、すぐに気づくように
大事なファイルに入れてありました。

父は、何も言わずに、
こんなふうに私の気持ちを
大切にしてくれていたんだ、と思うと
また涙があふれました。

手紙を渡したことは、すっかり忘れていました。
でも、そこに書かれていたのは
あの頃の私の、素直な気持ちでした。

父は、大事なことを照れくさがる人。
だから、
「嬉しかったよ。」
そんな父の気持ちを受け取れた気がして
涙がとまりませんでした。

そして、父を見送ってから
私の中に、もうひとつの想いが
自分自身に返ってきました。

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父がもといた場所へ還っていったのなら、
私もまた、その場所からやってきて、
今ここで、この人生を生き、
またもとの場所へ還っていく。

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そう考えると、
「死」そのものよりも、

それまでの時間を
私はどう生きるのか。

そのことに、
心が向くようになりました。

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私は何のためにここに生まれ、
この人生で何を経験し、
これからどこへ向かっていくのだろう。

そんなことをずっと考えながら、
これまでの道のりを
ひとつひとつ振り返るようになりました。

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生まれ育った環境。

これまで出会った人たち。

かけてもらった言葉。

嬉しかったことも
苦しかったことも

どうしてこんなことが起こるのだろうと思った出来事も。

その時々で目の前に現れた課題を
ひとつつひとつ越えながら、
ここまで歩いてきたように思います。

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そして、それとは別々のことのように見えていた、

植物との出会い。

植物を育て、
暮らしの中で使い、
誰かに伝えてきたこと。

土に触れ、今、庭を育てていること。

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そんな中、
晩年の父のもとへ
約2年間、週に2度ほど通った時間。

足湯とトリートメントをしながら、
父にたくさん触れ、
たくさん話をしました。

父は、私の話に関心を持ち、
いつも耳を傾けてくれました。

「いいじゃないか。」
そんなふうに言ってくれることが、
とても嬉しかったです。

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そして私も、
それまで知らなかった父の人生を
少しずつ知ることができました。

少し後悔していること。
時代の変化に戸惑っていたこと。
そして、晩年の父が私に伝えてくれたこと。
「つれあいを大事にしなさい」

その言葉の意味を、今になって
しみじみと考えることがあります。

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父とこんなふうに向き合えた約2年間も、
今につながる
とても大切な時間だったのだと思います。

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そして今、私は
人と想いを分かち合う場所を
つくろうとしていること。

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ひとつひとつは、
何の関係もない
別々の出来事だと思っていました。

けれど、
父を見送る前後から、

あちこちに点在していたものが、
少しずつ一本の線につながり始めました。

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嬉しかったことも、
辛かったことも。

手に入れたものも、
手放したものも。

遠回りしたと思っていたことも。

出会いも、
別れも。

どれか一つが欠けても、
今の私はここにはいなかった。

すべてに意味があって、

私は生まれたときからずっと、
その時々に与えられた経験を重ねながら、

今いるこの場所へ向かって
歩いてきたのかもしれない。

そして今、
なぜ自分の心が
この先へ向かうように動かされているのか。

その理由までが
一本につながったように感じました。

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「ああ、そうだったんだ!」

そう気づいたとき、
また、何度も何度も涙があふれました。

悲しい涙ではありません。

これまでわからなかったことが
一つにつながっていくことが、

嬉しくて、
ありがたくて。

心の奥にあったものが
少しずつ澄んで、
研ぎ澄まされていくような感覚でした。

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父を見送ってからの3か月間、
私はずっと、
そんなことを考えていました。

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四十九日を迎える少し前、
私は布団の中で、心の中で父に話しかけました。

「じいちゃん、わかったよ!
 ありがとう。見守っていてね」と。

それから、私が少し気になっていたこと
「あのとき、きっとこうだったんだよね。ごめんね」
 と言うと、
「もういい。終わった、終わった。
 そんなこと気にしなくていい」

そんな言葉が返ってきたような気がしました。

不思議なことに、
そのとき私は、声を出して話していました。
一方的に話しかけているという感覚ではなく、

あのとき、確かに父と会話をしている、
そんな感覚がありました。

言葉が聞こえたわけではありません。
でも、ちゃんと伝わっている。

そんな気がしたのです。

そして迎えた、初盆。

実家で、
父がいつも愛用していた椅子に
包まれるように座っているうちに、
いつの間にか眠っていました。

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そして仏壇の前。

少し前まで
父のベッドがあった場所で横になっていると、

なぜかわからないけれど、
また涙があふれてきました。

悲しい、というのとは
少し違う涙でした。

そこに父がいるような。

久しぶりに、
父とまた会えたような。

そして、
「ちゃんと見ているよ」と
応援してもらっているような

そんな温かい時間でした。

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父と母の向こうには、
おじいちゃん、おばあちゃんたちがいた。
さらにその後ろにも
命をつないできてくれた人たちがいること。

ずっとずっと遡っていけば、
たくさんの命がつながった先に、
今の私がいる。

目には見えなくても、
たくさんの人たちに守られ、
命をつないでもらい、

今、この場所に生きている。

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そう思うと、

今、ここにいることそのものが、
とても尊く、ありがたいことなのだと
しみじみと思います。

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そして、
いつか私にも還る時が来るのなら、

それまでの時間を
私は何に使って生きるのか。

今日という日を、どう過ごすのか。

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その答えは、
私の中に、もうあるような気がします。


自分の心に正直に。

体を整えながら、

ゆっくり急いで。

これからも
歩いていきたいと思います。

歩美🌿

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父にたくさん触れ、たくさん話をした時間。
あの時間は、私にとってかけがえのない贈り物でした。