ねもころ暮らしの舎は、こんな場所
植物とともに、暮らしを育てる学び舎。
植物を育て、
その恵みを暮らしに取り入れながら、
日々を心地よく整えていく。
そんな時間を大切にしている、
小さな暮らしの学び舎です。
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植物を育てる。
香りを楽しむ。
食卓に取り入れる。
暮らしの中で使ってみる。
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そんな小さな実践を重ねながら、
植物のある暮らしを育んでいます。
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植物を育てる喜び。
使う喜び。
分かち合う喜び。
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その積み重ねは
暮らしを整えるだけでなく、
自分を慈しみ、
大切な人を慈しむ時間へと
つながっていきます。
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この場所を作った理由
私が歩いてきた道
振り返ると、私は長い間、
「こうあるべき」
という価値観の中で生きてきました。
子どもの頃から、
未来を思い描くことはありました。
けれど、そのたびに見えない枠が
私の背中を引き止め、
自分の気持ちを後回しにすることが
いつしか当たり前になっていました。
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それでも心のどこかでは、
「このままでは終わりたくない。」
そんな想いも、ずっと持ち続けていました。
親には話せなくても、
外へ出て学び、
人と出会い、
新しい価値観にふれることが、
私にとって大切な時間でした。
その時間の中で、
自分らしくいられる場所を
ずっと探していたのかもしれません。
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結婚した後も、
妻として
母として
娘として。
それぞれの役割を大切にしながら、
毎日を一生懸命過ごしてきました。
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そんな私にも、
子育てだけは譲れない想いがありました。
子どもたちには、
親や社会の「こうあるべき」を
押しつけるのではなく、
ひとりひとりの歩みを大切にし、
その子らしく生きてほしい。
そんな想いで、
子どもたちと向き合ってきました。
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家族と過ごす毎日は、
かけがえのない幸せな時間でした。
一方で、
娘が生まれて間もなく病気がわかり、
その後も、
思い描いていた毎日とは違う現実に、
何度も向き合うことになりました。
そのたびに家族で悩み、
支え合い、
できることを一つずつ積み重ねながら
歩んできました。
振り返ると、
思いどおりではなかったその時間こそが、
家族の絆を育て、
今の私をつくってくれたように思います。
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家族との時間を通して、
私自身の価値観も少しずつ変わっていきました。
人生には、
一つの正解があるわけではないこと。
ひとりひとりに、
その人らしい歩み方があり、
幸せの形も、
一つではないということ。
大切なのは、
思い描いたとおりの人生を歩むことではなく、
その人らしく生きること。
そんなことを、
家族との時間の中で教えられました。
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そして同時に、
私の中に残っていた
「こうあるべき」という思い込みも、
少しずつほどけていきました。
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妻として、
母として、
娘として。
それぞれの役割は大切にしながらも、
ひとりの人としての「私」も
大切にしていい。
私らしい人生を
歩んでいい。
五十年以上抱えてきた
「こうあるべき」を、
ようやく手放すことができました。
植物のある暮らし
今、娘たちはそれぞれ自分の道を歩み、
暮らしの形も少しずつ変わりました。
振り返ると、植物のある暮らしは、
結婚前から今まで、
ずっと私の人生とともにありました。
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母が育てる花に囲まれて育ったこと。
会社員時代、本で出会った
ハーブのある暮らしに心惹かれたこと。
結婚し、小さな庭を持ち、
その憧れが少しずつ現実になっていきました。
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家族を支える毎日の中で、
私自身を支えてくれたのも、
植物でした。
ハーブティーを飲み、
庭に咲く花を眺め、
香りにほっと心をゆるめる。
植物にふれる時間は、
忙しい毎日の中で、
自分自身を取り戻す大切な時間でした。
最初は、
何かを教えたいと思って始めたわけではありません。
ただ、
毎日のしんどさを少し和らげ、
また明日を頑張る力をもらうため。
植物は、
そんな存在でした。
その小さな積み重ねが、
やがて植物のある暮らしとなり、
今の「ねもころ」へとつながっています。
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暮らしが少し落ち着いた頃、
「自分の時間」がほしいと思うようになり、
夫に子どもをお願いして、月に一度だけ
ハーブ教室へ通うことにしました。
庭のハーブを
本で読むだけではなく、実際に使い、
暮らしの中で活かすことを知りたかったからです。
学びを重ねるうちに
植物のある暮らしは、
私の毎日を少しずつ変えてくれました。
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マンネリに感じていた家事が楽しくなり、
家族の体調に合わせて
ハーブティーを淹れたり、
小さな手当てができるようになり、
いつもの料理にハーブを添えるだけで
こんなにもおいしくなることに感動しました。
そんな暮らしの中で見つけた
小さな喜びやわくわくを
周りの人にも おすそわけしたい。
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ハーブを学びながら、
小さな庭でハーブを育て、
暮らしの中で使う。
そんな毎日を5年ほど重ねた頃、
私は小さなハーブ教室を始めました。
「ハーブ教室 ねもころ暮らし」
のはじまりです。
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植物は、
暮らしを豊かにするためだけのものではありませんでした。
大切な人を思い、
寄り添い、
心を通わせる。
そんな時間を
静かに育ててくれる存在だったのです。
そのことを、
私は家族との暮らしの中で、
何度も教えられてきました。
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赤ちゃんの頃、
鼻が詰まって苦しそうだった娘が、
やさしい香りの中で安心したように
眠りについた夜。
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なんだか口数が少ない日。
「学校で何かあったのかな。」
娘の手をやさしくマッサージすると、
ぽつりぽつりと話し始めてくれたこと。
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風邪気味の日には、
「温まるよ。元気になあれ。」
そんな思いを込めて淹れた
一杯のカモミールミルク。
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試験の日の朝。
娘のその日の気持ちに合わせて香りを選び
送り出したこと。
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社会人になり、遠くで暮らす娘が帰省すると
「何が食べたい?」と聞く私に、
「ママっぽいご飯が食べたい。」
そんなふうに答えてくれること。
特別なごちそうではなく、
庭のハーブを使った、いつもの食卓。
暮らしの中で大切にしてきたことが、
娘たちに自然とつながっていることを
感じています。
今では、
化粧水やクレンジングは自分で手づくりし、
私の作る石けんがなくなると「送ってね」と
連絡をしてきます。
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そして 晩年の父には、
庭のハーブを摘んでいき、
その日の体調にあわせた香りで、
足湯やトリートメントする時間がありました。
ときには、父の好きな柑橘の香りを選び、
たくさん触れて、たくさん話して、
父の人生を知り、父を理解できた
かけがえのない時間になりました。
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植物は、
暮らしを豊かにするためだけではなく、
大切な人を思い、
寄り添い、
心を通わせる。
そんな時間を
静かに育ててくれる存在。
だから私は、
植物とともに暮らしを育てる時間を、
届けていきたいと思い歩いてきました。
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たどり着いた場所
教室を続ける中で、
私自身の考え方は
少しずつ変わっていきました。
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以前は、もっと多くの方に届けたい。
もっと学び、もっと知りたい。
そんな思いで歩いていました。
学ぶことは、これからも
きっと一生続いていくのだと思います。
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でも今は、
どれだけ知っているか、どれだけ広げるかよりも
向き合う方の、ひとりひとりの暮らしの中に
植物が根づき、日々が少し豊かになること。
そしてその豊かさが、自分を慈しみ、
大切な人へと自然に広がっていくこと。
そんなやさしい循環を 植物とともに
育んでいきたいと願っています。
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だからレッスンも、
今、庭で育っている旬の植物を使い、
その季節だからこそ味わえる楽しさや知恵を
一緒に見つけていきたいと思っています。
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私が本当に届けたいものは、
知識だけではなく、
時間や季節を重ねる中で
少しずつ育まれていくものだから。
そんな時間を、
ひとりひとりと重ねていけたら嬉しいです。
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そして、ねもころ暮らしの舎は
暮らしを育む場であると同時に、
心がふっとほどける場所でもありたいと
思っています。
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人には、それぞれの暮らしがあり、
それぞれのタイミングがあります。
子育てに夢中な時期。
仕事に力を注ぐ時期。
家族の介護が必要な時期。
自分の時間がなかなか持てなくなるとき
があるのは自然なこと。
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だからこそ、
季節の植物に触れたくなったら
少し暮らしを見つめ直したくなったら
誰かと穏やかな時間を過ごしたくなったら
そのときの自分に合ったレッスンや時間を選びながら
ふらりと訪れていただける場所でもありたいと
思っています。
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そして、その場所を
一人でつくるのではなく、
同じ想いを持つ仲間とともに、
少しずつ育てていきたいと
思うようになりました。
一人で届けられるものには限りがあります。
でも、人がつながれば、
植物のある暮らしの楽しさや豊かさは、
もっと自然に、もっと遠くへと広がっていく。
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これから私が目指したいのは、
「先生」でいることではなく、
人と植物がつながり、
人と人がつながり、
暮らしがゆるやかにつながっていく
場を育てること。
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そんな「ねもころ暮らしの舎」を
仲間とともに育んでいきたいと思っています。
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ねもころが目指す未来
大切にしていること(理念)
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_ 暮らしを慈しむことは
自分を慈しむこと _
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